誓紙の事(荻生徂徠『政談』東洋文庫811)

一、当時誓紙といふ事盛にて、御作法の様に成り、御役替の度ごとに誓紙をし、駕籠の誓紙、又は病気の断に誓文状を出す事、不宜事也。聖人の法に誓詞は出陣の前にする事也。それも軍兵にさする事に非ず。大将より士卒に向て、賞罰を約束のごとく少も違間敷という誓言也。
 惣て末永き事は、誓詞は守られぬ物也。永き事には気たゆみ失念も有て、誓詞を破る事有物なるゆへ、誓詞は一旦の事に限るべし。其上度々誓紙をすればなれこに成て、神明を恐るる心薄く成故、偽を教ゆる媒となる。誓詞といぬ事も世間になくて不叶事なるに、誓詞を破る様にする事、不宜事也。一旦の事に用ゆれば、人の心を堅くして誓詞の徳有。
 駕籠の誓詞は、先第一、奉公人の年多くは実の年にあらざる故、最初より誓詞を破る也。(後略)