針(平安時代史事典 角川書店)

針治療に用いる具。経穴に針を刺入し経絡の変調を調整する針治療の起源は古く、漢代の医書『霊枢』一には皮膚に対する圧迫・擦過などの刺激を目的とした餉針・円針・鍉針、腫物の切開や鬱血した部位の瀉血を目的とした鋒針・針、皮下刺入を目的とした尖鋭な員利針・毫針・長針・大針の九種類の針についての説明が見られる。中国医学を継承したわが国古代の典薬寮では、針博士・針師・針生らによって針治療が行われていたが、当時の公家日記・古記録等に見られる実際の針治療においては経絡補瀉法ではなく、刺絡瀉血法あるいは切開排膿法のみであり、技術的には低水準にとどまっていた。古代における針灸論を集大成したものに丹波康頼撰の『医心方』二があるが、ここでは㈠経穴が経絡別にではなく身体の部位ごとにまとめられていること、㈡主治を経穴ごとに記し、主治に従って経穴を選用する便法となっており、気血を調和させ経絡を調整するという視点が疎くなっていること、㈢針灸の禁忌等については詳細に記しているが、肝要な陰陽虚実の判定の方法や病変に対応した補瀉の刺法については記しておらず、その前提となるべき脈診についても触れていないことなどが特色といえる。
史料『類苑』方技部、『病草紙』、『延喜典薬寮式』、『玉葉』承安二年九月二十日、治承五年閏二月十八日条、『吉記』安元二年六月二十七日条。
研究 長濱善夫『針灸の医学』(大阪、昭31)、新村拓『古代医療官人制の研究』(東京、昭58)、同『日本医療社会史の研究』(東京、昭60)。[新村 拓]