2016-10-31から1日間の記事一覧

『太平記』第四巻 三「宮々流し奉る事」

平相成輔をば、河越三河入道円重具足し奉り、これも鎌倉へと聞こえしが、下しも着け奉らで、相模国早川尻にて失ひ奉りけり

『花園天皇宸記』文保元年三月廿八日条裏書

南殿拝座、坤向敷之、仍引直着座〈須仰蔵人直之、而依便宜聊引直、已欲着座時見付之故也〉、屏風立様不似先々、公躬朝臣仰蔵人令直之、成輔奉行也、父卿随分嗜記録、而成輔頗疎略歟、当時毎人如此、職事皆不知公事 - 平成輔の花園院宸記での初出記事。気の毒…

某大

演習の概要発表の〆切。40名越えと云々。 所充を行い、所属教員へ連絡す。 また別学科の論研についてM田先生より相談あり。存念を申す。

成輔の墓

小文に纏めるため、南町の成輔墓へ参る。